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作者紹介- 研究業績-学術論文・著書- - 雨量情報に対する認識について
日本災害情報学会1999年研究発表会 p.143-146

雨量情報に対する認識について

A survey of understanding about precipitation information.
牛山 素行  Motoyuki Ushiyama
1.はじめに
 豪雨災害時の避難行動に関するいくつかの研究によると、住民の避難時の意思決定理由として、もっとも上位に挙げられるのは、避難勧告や気象警報ではなく、「降雨の状況を見て」といった回答であることが指摘されている(廣井[1990]など)。また、住民らの避難をリードする立場にある、自治体の防災担当者の水害時の対応方針に関するアンケート(龍田、1994)によれば、水害に対する早期の警戒体制をとる根拠としては「注・警報等気象情報の発表を見て」という回答が上位を占めるものの、災害対策本部の設置や避難勧告の発令の根拠としては、「降雨の状況を見て」や「被害発生状況を見て」という回答の方が上位を占めるという。ここで言う、「降雨の状況」とは、自分の周囲を中心とした地域における「降水量」と考えてよいであろう。豪雨災害時の防災情報としては種々のものが考えられるが、降水量(実況・予測)に関する情報は、もっとも基本的かつもっとも重要なものであるといっても過言ではない。
 現在、降水量に関する情報はさまざまな形態で行政担当者や住民に伝えられており、近年の技術進歩に伴って、これらの情報はより高度化している。たとえば、十数年ほど前の天気予報が、都道府県内を数区分した程度の分解能であり、実況雨量といっても気象台の観測値程度であったのに対して、現在のレーダーAMeDAS解析雨量や短時間予報は5kmメッシュの分解能で発表されている。予報の精度自体の向上も著しい。情報の伝達媒体も、テレビ、ラジオなどだけでなく、CATVやInternetなど、より表現力に優れたものが普及しつつある。
 しかし、情報の高度化が、防災力の向上に即つながるとは限らない。情報が高度化しても、情報の受け手の理解力が追いついていなければ、その情報は十分活用されない。降水量に関する情報は、気温などに比べて直感的にわかりにくく、降水量の定義や、単位が「ミリメートル」であることを説明しても、なかなか理解してもらえないという指摘もある(岡部、1995)。
 従来、防災に関するアンケート調査は数多く行われているが、災害時の避難行動に関するものや、防災施設に対する評価を問うようなものが主体で、降水量情報を中心とした防災関連情報が、非専門家にどのように受け止められているかという観点からのものはほとんど例がない。筆者はこの観点からのアンケート調査を、最近3年間にいくつかの場面を利用して行ってきた。本報告では、それらの結果について報告する。

2.調査手法
 今回報告するアンケート結果は、以下に示す場面で行ったものである。アンケートの手法もそれぞれ異なっているので、注意が必要である。また、設問の細かな表現は、調査対象にあわせて多少変化させている。
  1. 大学生を対象としたアンケート(以下、学生1996)
     実施時期:1996年5月
     実施場所:信州大学・東京都立大学
     回答者数:175
     方法:質問・解答用紙を配布し、その場で記入してもらい回収する
     回答者の特徴:長野県南部在住の農学部、理学部の大学生が主体
  2. ホームページを通じたアンケート(以下、WWW)
     実施時期:1996年7月〜1997年9月 回答者数:438
     方法:筆者開設のホームページにアンケートページを設け、参照者に回答してもらう
     回答者の特徴:筆者のページの性格から、研究者や防災などに感心のある人の割合が多いと思われる
  3. 大学生を対象としたアンケート(以下回答年により、学生1997・学生1998・学生1999)
     実施時期:1997年〜1999年
     実施場所:明治大学政治経済学部
     回答者数:100〜300
     方法:筆者の開講している講義の時間中に実施、講義1回につき数問ずつ実施。3年分。
     回答者の特徴:関東圏在住の文系学部(政治経済学部・法学部・文学部)の1・2年生が主体

3.調査結果
3.1 降水量の単位「ミリメートル」に関する認識
 設問はいずれの調査の際も『テレビなどでは「昨日からの降水量は50ミリです」といいますが、この単位は正確には何でしょう』とし、mg、ml、mmから選択させた。どの調査対象の場合でも、過半数以上は正しく「mm」を選択しているが、2〜3割の回答者は「ml」を選択している。降水量が、水という容積のある物を計っていることから来る誤解かもしれない。調査対象が変わっても、「ml」の選択率が極端には変わらないことも注目される。「mg」と考えている人はごくわずかであるが、「ml」と考えている人は、2〜3割程度の割合で存在していると見てよいであろう。「mm」を選択している人が、降水量の定義を正しく認識しているかどうかはわからないが、降水量に関しては、最も基本的な単位すら正しく認識していない人が2割以上いるとも言えるであろう。




3.2 報じられている降水量の情報源に関する認識
 テレビ等で降水量などの地上での観測値が伝えられる場合、気象庁のAMeDAS観測所の観測値が伝えられる場合がほとんどである。例えば、「東京で50ミリの雨」と伝えられた場合、千代田区大手町の気象庁構内にある観測所の観測値が伝えられている訳である。このことがどの程度認識されているかを調べた。設問は、『よくテレビの天気予報の時間などに「××市で7時からの1時間に20ミリの降水を記録しています」と報じていますが、それは市内のどのあたりの値なのでしょうか。』とし、図2中に示す回答から選択させた。
 一般的に伝えられている降水量などの値がAMeDAS観測所のものであり、AMeDAS観測所は必ずしも行政区の中心のような場所に置かれているわけではないので、この設問の解答として最も適切なものは、「その市によって異なる」であるが、これを選択する人は2〜3割である。いずれの調査対象においても、もっとも回答が多いのは「中心街付近」であり、これは特段の知識がなければこのように認識していても当然と思われる。現実には、AMeDAS観測所に自治体名がついていても、その位置がその町の中心部とはまったくかけ離れた場所にあるということは珍しくない(図3)。降水量は数キロ離れれば、量的にも時間的にもまったく異なってしまうことはよくあることであり、このようなケースでは、伝えられている情報が誤って認識されてしまう懸念が持たれる。また、「市内の平均値」という回答がいずれの調査対象でも2割前後存在することも注目される。これは、何らかの加工されたデータが伝えられているものと誤認しているのではないかと思われる。気象衛星の存在はよく知られており、降水量などのもそういった高度なシステムによって調べられているというイメージを持たれているのではなかろうか。現実の気象観測データは、AMeDASの場合20km四方に1ヶ所程度という限定的な情報源をもとにしたものであり、その観測場所も町の中心部などに必ずしもあるわけではないということ、特に降水量などは場所が少し違えば大きな差が生じることも珍しくないということなどを、もっと周知してもよいのではなかろうか。少なくとも、自治体名と紛らわしい名を持つAMeDAS観測所の観測値を伝える際にはもっと工夫が必要かと思われる。なのではなかろうか。なお、1996年の調査でも、設問の仕方が若干異なるが同趣旨の質問をしているが、回答の傾向は図2に示した結果と大きな差はなかった。


図2 報じられている観測値はどこの観測値か



図3 自治体名と同名のAMeDAS観測所とその自治体の役場との距離(長野県における例)



図4 AMeDAS観測所の密度についての回答
 上の設問と関連して、『気象庁のアメダス観測所は平均するとどれくらいの密度で展開されていると思いますか』という設問を設けた。実際のAMeDASは、雨量のみの観測所を含めると17km四方に1ヶ所の割合で存在しており、図4の選択肢の中では「20km四方に1ヶ所」が最も適切である。防災などに関心の高い回答者が多いと思われるホームページアンケートの結果では、この回答を選択した人が4割を越えているが、学生の場合は2割程度で、実際より高密度に展開されていると考えている人の方が多い。人口や町の規模によって規定されていると考える人は、調査対象によってばらつきも大きいが、1〜3割程度であった。この設問は、回答の用意の仕方が難しいが、概して観測密度については正しく認識されているとは言えないのではないかと思われる。

3.3 災害と時間降水量に関する認識
どの程度の時間降水量であれば、危険を感じるかを調べるために、『1時間に何ミリくらいの雨が降ったら災害が発生しやすいと思いますか。10ミリ単位で書いてください。』という質問を行ってみた。1996年の調査(N=175)とホームページでの調査結果(N=399)のみを示す。災害の種類や、地域や先行降雨の状況によって異なるので、一概には言えないが、例えば大雨警報が発表される基準は50mm前後となっている地域が多い。先行降雨があればこれより少ない時間降水量でも災害に結びつくことは珍しくない。回答を見ると、全般に大き目の値を答える人が多いようである。特に、学生の回答でその傾向が目立つ。グラフではわからないが、81〜100mmの階級に含まれる回答のほとんどは100mmと回答している人であり、101mm以上の階級に含まれる人の中では150mmや200mmという回答者が目立つ。500mm、1000mmという回答者も少数ではあるが存在する。この結果からは、降水量の数値と、現実の雨の強さは、直感的に結び付けにくいことが示唆される。「◎mmの雨」というのが各地域にとってどれだけ強い雨であるか、という情報を豪雨時などに積極的に提供していくことが効果的かと思われる。
 

3.4 雨量観測の経験の有無の効果
 ホームページでのアンケートでは、雨量観測の経験の有無も質問しており、126(31%)名が「ある」、278(69%)名が「ない」と回答している。経験の有無と降水量の単位に関する回答を比べてみると図6のようになり、降水量の単位についての認識に差が出ている。災害に結びつく時間降水量に関する設問の解答でも、観測経験のある人の方がより適切な(少ない)値を答えている。雨量観測は一般の学校教育では扱われにくいが、いろいろな機会に紹介し、経験者を増やすことが、降水量という情報に対する理解を深めることにつながるのではなかろうか。


参考文献
廣井 脩、1990:1988(昭和63)年7月「浜田水害」と住民の対応、東京大学新聞研究所紀要、40、61〜100
岡部昭正,1995:天気相談所の窓「雨量って何ですか?」,気象,39
龍田浅生、1994:防災に対する市町村の役割と気象情報、東管技術ニュース、117、6〜9

静岡大学防災総合センター 教授  牛山 素行
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