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最近の各種気象観測システムを活用した豪雨防災情報伝達の試み

牛山 素行

 

1.はじめに

 豪雨災害時の避難行動に関するいくつかの研究によると、住民の避難時の意思決定理由として、もっとも上位に挙げられるのは、避難勧告や気象警報ではなく、「降雨の状況を見て」といった回答であることが指摘されている(廣井[1990]、加藤ら[1984]など)。一方、住民らの避難をリードする立場にある、自治体の防災担当者の水害時の対応方針に関するアンケート(龍田、1994)によれば、水害に対する早期の警戒体制をとる根拠としては「注・警報等気象情報の発表を見て」という回答が上位を占めるものの、災害対策本部の設置や避難勧告の発令の根拠としては、「降雨の状況を見て」や「被害発生状況を見て」という回答の方が上位を占めるという。ここで言う、「降雨の状況」とは、自分の周囲を中心とした地域における「降水量」と考えてよいであろう。豪雨災害時の防災情報としては種々のものが考えられるが、降水量(実況・予測)に関する情報は、もっとも基本的かつもっとも重要なものであるといっても過言ではない。

 現在、降水量に関する情報はさまざまな形態で住民に伝えられている。それらのうちおもなものを整理すると以下のようになる。

@実況 a.地上観測雨量 b.レーダー雨量 c.レーダーAMeDAS解析雨量
A予報 a.天気予報 b.降水確率 c.降水短時間予報

 近年の技術進歩に伴って、これらの情報はより高度化している。たとえば、十数年ほど前の天気予報が、都道府県内を数区分した程度の分解能であり、実況雨量といっても気象台の観測値程度であったのに対して、現在のレーダーAMeDAS解析雨量や短時間予報は5kmメッシュの分解能で発表されている。予報の精度自体の向上も著しい。情報の伝達媒体も、テレビ、ラジオなどだけでなく、CATVやInternetなど、より表現力に優れたものが普及しつつある。

 しかし、情報の高度化が、防災力の向上に即つながるとは限らない。防災情報は末端の利用者に有効活用されて始めて効果を発揮する。ここでは、現代の発達した降水観測網とそこから得らていれる膨大な情報が、個々の地域の住民や、防災担当者により有効に活用されることを目的として、いくつかの問題点の指摘と、その改善のための調査研究の方向についての提案を行ってみたい。

 

2.降水量情報に対する認識に関する本格的な調査

 情報が高度化しても、情報の受け手の理解力が追いついていなければ、その情報は十分活用されない。これまで、降水量情報を中心とした防災情報が、市民らにどのように受け止められているかついう観点での調査は十分行われてこなかった。一例として、筆者が1996年5〜6月に、信州大学農学部(長野県南箕輪村、伊那市近傍)と東京都立大学理学部(東京都八王子市)の学生ら175名を対象に行ったアンケート調査の結果を以下に示す。

 まず、降水量の単位である「ミリ」が何であるかを、mg、ml、mmの3種類から選択させたところ、正しく「mm」を選択した回答は71%で,容積単位である「ml」を選択した回答が29%もあった。降水量と災害の関係について、「1時間に何ミリくらいの雨が降ったら災害が発生しやすいと思いますか」という設問を設けたところ、図 1のようになった。降水量と災害の関係は、地域性もあり一概に言えるものではないが、解答を見ると、より大き目の値を挙げている解答者が多く、降水量の「値」そのものの提供のみでは、防災情報として十分機能しないことも懸念される。このような、降水量情報に対する理解の不足は、降水量というものが身近なものになっていないことも一因と思われる。雨量計を見た経験や、雨量観測を行った経験などを尋ねてみると、図 2のようになり、気温観測に比べて雨量観測が身近でないことがうかがえる。

 

 

図 1 設問「1時間に何ミリくらいの雨が降ったら災害が発生しやすいと思いますか」に対する回答

図 2 降水観測の経験関係の回答 (「ある」と答えた解答者の割合)

 テレビなどで伝えられる情報に対する認識も興味深い。「伊那市(八王子市)で××ミリの降水量』と報じられた場合,それは市内のどのあたりの値だと思いますか」という設問に対する解答は図 3のようになった。テレビ等で伝えられる降水量は、一般的に気象庁のAMeDAS観測網のデータであることがほとんどだが、その観測所は集落の密集地に必ずしも置かれているわけではないし、同一自治体内で平均を算出するほど高密度に展開されているわけではない。したがって、この設問に対して解答者はほとんど正しい認識を持っていないといっていい。なお、八王子市の場合はたまたま設置場所が市役所となっているので、解答者の半数が「正答」ということになるが、その事を認識した上での回答とは考えにくい。降水量が、わずかな距離や標高差によって大きく変動することは、専門家の間ではよく知られているが、一般には浸透しているとは思えない。「○○市で××ミリ」という情報があっても、その情報がどの程度の幅を持っているものかということを認識していなければ、情報はむしろ逆効果をもたらすことすら懸念される。

 

 

図 3 設問「『伊那市(八王子市)で××ミリの降水量』と報じられた場合,それは市内のどのあたりの値だと思いますか」に対する回答  (左:信大,右:都立)

 ここで挙げた降水量情報に対する認識の調査結果は、予備的なものである。これまで筆者は、いくつかの場面で同種のアンケートを実施してきたが、無作為抽出標本による調査などはまだ行っていない。降水量情報(防災情報)が、受け手である市民にどのように認識されるかを知っておくことは、今後の情報伝達を考える上で、まず把握しておく必要があるであろう。その意味で、ここで挙げたようなアンケートを、今後より広範囲で本格的に行ってみたい。また、一般市民とは別に、市町村等自治体の防災担当者(必ずしも防災の専門知識を持たない)の認識について把握しておくことも重要であろう。

 

3.自治体等気象観測網の活用

 従来、一般市民に提供される気象情報としては、ほとんどの場合、気象庁による観測データが利用されていたが、最近多少情勢の変化が見られる。一つの大きな動きとしては、市町村などの自治体が独自に気象観測網を展開している例が挙げられる。市町村役場に雨量計や百葉箱を設置し、小規模な観測を実施するといった例は従来から多く見られていたが、近年目に付くのは、自治体内に数箇所〜十数箇所という多数の観測施設を設置し、それらのデータを自治体内の管理システムで管理し、自治体が運営するCATVやFAX情報網を用いて住民に提供するというパターンである。

 長野県下伊那郡松川町では、1987年頃から、町内の中心部(東西約6km、南北約4km)に、気温観測所20個所、雨量観測所3個所(図 4)を設置し、これらのデータを町の有線放送の回線を利用して自動収集・管理している。データは、町が運営するCATVを通じて随時町内に向けて放送されているほか、指定された電話番号にかけると自動応答でデータを聞くことができるというサービスも行われている。松川町は、ナシ、リンゴを中心とする果樹栽培が盛んであり、果樹園の降霜対策のデータを農家が得ることを目的としてこの観測網が設置されたものである。同町が天竜川沿いの深い谷に位置し、標高差が大きいこともあって、通常の気象観測網とは比較にならないほど高密度に観測網が展開されている。雨量データは、その意味では特に役立つものではないが、気温観測網の整備と同時に整備されたものであるという。

 

図 4 長野県下伊那郡松川町が設置した気象観測網

 

 松川町の事例は、果樹園の降霜対策という、目的が比較的特化されたものであるが、近年はより汎用的な農業基礎情報として気象観測網を展開する事例が出てきている。このような場合、観測項目は松川町のような気温主体ではなく、湿度、風、日射、日照時間などを含む、より本格的な施設が採用されるようである。1993年の気象業務法改正に伴い、気象情報の提供に関する条件が緩和されたことを受けて、1996年に農林水産省が始めた「気象情報地域農業高度利用対策」による観測施設の整備は、その代表的なものである。高谷・能登(1998)によれば、1997年現在で同事業による観測網の整備が全国60市町村以上で行われ、観測所数は222個所に達しているという。各地で得られた観測データは、東京の社団法人日本農村情報システム協会が維持する中央センターに集められ、維持・管理や気象庁データの受信などが一元化されているという。観測データは、各地のCATVで放映されているほか、指定されたFAX番号にかけることによって、自分で取り出すこともできるようになっている。また、同事業とは別に、類似の観測システム整備を行っている自治体もあるようである。

 

図 5 社団法人日本農村情報システム協会ホームページより

 

 このような形で近年整備が進む、高度な気象観測網は、主として農業情報としての利用を中心に考えられたものである。しかし、多くの場合、観測施設には雨量計が含まれており、豪雨災害に対する防災情報としての利用可能性もあると思われるが、この点に着目しての事例調査、活用に関する提言などはまだ行われておらず、防災分野からのアプローチが必要であろう。調査手法はいろいろ考えられるが、まず、災害に対する条件の異なる数県(本州中部、山陰、南九州)を調査対象地として、各県内の観測施設整備状況を調べ、そのなかから注目される自治体について、具体的な活用状況等の詳しい実態調査を行うのがよいであろう。実態調査によって、防災情報として市民に提供しうる情報がどの程度あるかを把握した上で、今後の活用方法についての具体的な提言を行ってみたい。

 

4.小規模気象観測・通報システムの開発

 レーダーAMeDAS解析雨量や、降水短時間予報の分解能が5kmメッシュであるとはいえ、たとえば個々のメッシュが「○県×町△区」に相当するとして、そこの解析雨量が×mm、などと同定して用いることは、現時点ではまだ十分実用的ではないということである(牧原、1998)。前述の自治体による高密度な観測網は、個々の事例としては有用なものと思われるが、全国の自治体が整備する段階に至るには時間がかかるものと思われ、整備されたとしても、それが豪雨防災対策上適切な設置場所、観測所密度で整備されるとは限らない。また、巨大地震など、気象災害以外の大規模かつ広域的な混乱が生じた場合、全国一元的なシステムが短期・中期的に運用が困難となることが考えられる。そのような状況下で集中豪雨が発生した場合、近年ありえなかったような災害に結びつくことが懸念される。このような事態を考慮すると、局地的に活用が可能で、簡易かつ小回りの利く豪雨観測システムを開発しておくことが必要かと思われる。近年、通信機能を持った気象測器が安価に入手可能になってきており、Internetという分散型情報伝達媒体を利用することにより、危機管理上も比較的強固なシステムを容易に構築することが可能になりつつある。以下では、筆者が現在行っている試みの概要と、今後の展望について述べる。

 最近、入手が容易になってきた海外製の安価な気象測器の中には、データを記録するだけでなく、電話回線などを通じて自動的に回収する事が簡単にできるような機能を持ったものもある。もっとも代表的なのは、アメリカのDavis社のものであろう。このシステムは、気温、降水量、風の観測・記録可能で、通信機能もつけて一式10万円弱と、国内製品とは比較にならない安さで導入が可能である。このためか、同システムを利用して観測を行い、これをネットワーク上でリアルタイム更新するという試みが最近多くの大学等で行われている(../wd-link.html)。しかし、従来行われている試みは、情報関係のグループなどが中心で、どちらかというとシステム開発そのものが目的となっている。そのため、システムがやや難解なものになってしまっているようにも思われる。ここでは、災害時に観測所を緊急展開するような場面も想定し、より簡単、かつ汎用性のある方法で、降水量を中心とする気象データを自動回収し、それをネットワークで閲覧可能にするシステムを開発するのが目的である。基本的な理念を挙げると以下のようになる。

 

 筆者が現在までに試作したシステムの概要は以下の通りである。

 

図 6 観測システムの概念図

 

 現在、同システムは試作を完了し、安定動作の確認中である。今後、システムの改善に努めたい。なお、観測装置は、一般電話回線のあるところであればどこにでも設置できる。また、データ回収用パソコンは便宜的に大学内のものを利用しているが、これも電話回線のあるところであれば、どこに設置されていても構わない。

 今後は、観測装置を一般市民宅や公的機関など外部に委託して設置し、その実用性についての確認作業を進めるとともに、観測装置が存在し、データを確認できることが、豪雨時にどのように役立つかなどについての検証も行ってみたい。なお、この種の簡易観測装置によって得られたデータを、不特定多数に公開することは、現在の気象業務法では違法な行為となってしまう。このあたりについても、なにか解決策はないか、検討を行ってみたい。

 

図 7 筆者作成の観測データが自動的に更新されているwebページ

 

参考文献

廣井 脩、1990:1988(昭和63)年7月「浜田水害」と住民の対応、東京大学新聞研究所紀要、40、61〜100

加藤 雅・松田磐余、1984:災害時の避難に関する調査研究 −三重県美杉村の豪雨災害(昭和57。8)−、総合都市研究、21、81〜102

牧原康隆、1998:災害と気象の関係、第30回砂防学会シンポジウム講演集、35〜42

高谷悟・能登正之、1998:気象情報農業高度利用システムの概要、農業気象、54、283〜287

龍田浅生、1994:防災に対する市町村の役割と気象情報、東管技術ニュース、117、6〜9

 


岩手県立大学総合政策学部 准教授  牛山 素行
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